SNSの影響で観光地への訪問者数が2極化している?


最近はアジサイがきれいなので、昨日は三室戸寺にアジサイを撮影に行きました。
三室戸寺は京都の宇治にあるお寺でツツジでも有名です。
ツツジの時期はあふれんばかりに一面にツツジの花が咲いてそれはそれはキレイ!
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近くの人はぜひ行ってみてほしい。

で、今は紫陽花の時期。
梅雨とはとても思えない、ぜんぜん雨の降らないむしろ天気いい日が続くのですが、
それでも紫陽花は例年に比べて少ないながらもたくさん咲いています。
しっとりとした雰囲気の紫陽花ではないけれど、まんまるとほわっとしたあのフォルムがたまりません。
で、昨日行った三室戸寺はこんな感じ。
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お寺なのに大渋滞!
混んでるとは聞いてたもののここまでとは・・・・
すごい人でした、ここは万博か!?って感じのゆっくりゆっくり進むやつです。

なんでこんなに人が来るのか

ここからは勝手な想像ですが、なんでこんなに人が来るのか。
これってたぶんインターネットの働きが大きいと思います。
特にSNSで誰でも情報を発信して、それを誰でも見れるということ。
話題のものはどんどん拡散していく時代です、だから人気が出るときには爆発的に広がる。

これ、インターネットが無い時代は観光雑誌とか特集とかで見つけるんだけれど、
それってリーチする人数って限られてますよね。
雑誌でもテレビでも届く人の数はある程度限られていて、
例えばテレビで旅行番組とかニュースって視聴率十数パーセントでしょ。
その中で行きたいと思った人が2,3人に声をかけていくわけ。

それが今は雑誌やテレビで紹介されて、ツイッターとかで一緒に行かない?ってつぶやくと何十人、何百人に広がって、
実際に行ったときにはお寺とか花とか撮ってSNSでみんなに見せびらかすわけ。
それを見た友人とかフォロワーが自分も行きたいって思って同じように繰り返して拡散していく。
良いものはどんどんと広がるスパイラルがこのネット、SNSの世界ではあるわけです。
これがこれまでに無かったような爆発的な人気をもたらすわけです。

実際、三室戸寺ではハート形の紫陽花というキーワードをいたるところで聞きました。
女性が話題のハート形の紫陽花をひたすら探してた。
僕も確かにその写真をどこかで見た、SNSだったかもしれない、ホームページだったかもしれない。
女性はそのハート形の紫陽花を写真におさめるべく、必死になって探している。
ハートに見えなくもない紫陽花を見つけては一喜一憂して、SNSにアップしている。
あー、こうやってさらにその周りの人に拡散されていくんだなって。

情報収集の場所が変わってる

かつては情報収集と言えば新聞とか雑誌とかテレビでした。
テレビで紹介されればかなりの集客になります。
だけれど、今のSNSの拡散力ってそれとは比べ物にならない影響力があります。

第3者による生の声

なんて言ってもSNSっていうのは生の声が詰まってる。
お金を払って紹介してもらったり、自薦で放送局に売り込んだりっていうのと違って、
第3者がくちこむSNSによる発信は信用力が違う。

誰が言っているか

また、誰が言っているかっていうのはとっても重要。
身近な人の勧めるモノや、好きな芸能人が勧めるモノは影響を受けやすい。
しかもそれが宣伝ではなくて日常のつぶやきであることがより信頼度を増します。

リアルタイム性

このリアルタイム性はとても重要で、今何が起こっているのかを知るにはSNSしかありません。
天気はどうなのか、混み具合はどうなのか、どれくらい花が咲いているのか
いろんな今の情報を知りたい場面っていっぱいあります。

19時から花火大会だけど、何時くらいに行ったらいいか調べるのに、
現地にいる人のツイートを見たりだとか、
そろそろ桜は咲いているかなと、現地の人のツイートを見てみたり

今の情報はホームページを探しても見つかりません。
テレビなんかは、流れているだけなので、自分が探したい情報にはもちろんアクセスできない。

まだまだ気づいていない人は多いけれど、
これからますますSNSを利用することは多くなるし、それが普通になってくると、
どっかに行くときにはSNSで調べるっていうのがスタンダードになる。
一部の人はすでにそうだと思うし、知らない間にSNSの影響で足を運んでいることもあるでしょ。

これまで一番集客力があるとされてきたテレビメディア。
これすら、ネタをSNSで探しているんだから。

ネットを活用しないところには誰も行かない

情報の発生源は今やネットになって、特にSNSが重要なポイント。
SNSから発信された情報が、拡散して人々の行動に影響させる。
それはテレビなどのメディアにも同様に言えることで、
SNSを発信源としてあらゆるもので拡散される。

SNSなどをうまく使えるところはどんどんと情報を発しできるのに対して、
まったくその対応を考えいないところは人は来なくなる。
人の体は1つしかなく有限なので、集まるところに集まれば全く人が来ないところも出てくるわけ。
SNSで調べたら楽しそうなところはたくさんある。
今週、来週と行くところが埋まっていけば、優先度の低い場所には誰も行かなくなります。

誰でも使えるからこそ取り残される

誰でも使えるツールが増えるってことは、貧富の差を生む原因だと思う。
これまではお金が無かったらできなかったり、それなりの行動力がなかったらできないという障壁がありました。
一定の閾値を越えることができる人だけがテレビやメディアで取り上げられて、
それ以外の大部分は地道に人を集めてきました。
ですが、誰でも情報を発信できるようになった今、お金があるとかないとかじゃなくてやるかやらないの2択になった。
やる人のところに人が集まって、やらない人には集まらない。

話はそれるけれど、これは情報についても言えると思います。
だれでも簡単に情報を収集できるようになった今は、
情報を得るか得ないかはその人の行動にかかってきます。
これまでは情報が欲しくても得られなかった人が、簡単に情報を得ることができるようになった。
それでも全く情報を得ようとしない層も一定数いるわけで、そういった人と積極的に情報を求める人々では差が広がるばかり。
これまで、情報を得るために必要だったエネルギーが格差を抑えていたけれど、それが破壊されてやるかやらないかの2極化した結果が最近の格差につながっているんだと僕は思います。
そして、その情報の格差がお金の格差になるのね。
結局は、やるやらないの選択肢が与えられる資本主義に格差が生まれやすい理由みたいなもの。

情報を得るのが簡単になったのと同時に、情報を発信するのも簡単になりました。
誰でも簡単に情報を発信できるようになった中で、自分が情報発信を怠けていると知らぬ間に取り残されます。
「SNSとかで簡単に情報発信できるようになった、わーい」
と思っているうちに、それはそれでやらない人間はますます仕事やお客がとれなくなります。

そんな流れであらゆるものに格差が生まれやすくなっています。
観光地もそういったことで、人が集まるところと集まらないところが極端になってきている気がします。
もちろん、悪い面は一部で、うまく使えば弱小規模でも大きな影響力を作ることができる。
SNSは多くの人に平等に機会を与えてくれるすばらしツール。
それを使いこなせていない自分、がんばれ!